トランスジェンダーの人の名前を尊重してください

トランスジェンダーの人の名前を尊重してください

開始日
2022年3月1日
署名の宛先
全国の家庭裁判所 (家事部分室)
現在の賛同数:1,273次の目標:1,500
声を届けよう

この署名で変えたいこと

署名の発信者 頼 (彼男/he/him)

発起人は、昨年の春に一大決心をし、性別移行を始めた30代のトランスジェンダー男性です。それまでは諦めて「女性」として生活していましたが、「男性として生きたい」という自分の気持ちに蓋をするのをやめたら、以前は我慢していた「女性的」な戸籍名を使い続けることに耐えられなくなってしまいました。

戸籍名の書かれた身分証の提示を求められる度に心が削られ、とにかく一日も早く変えたいので、(当初は手術をするつもりはなかったので必要なかったにもかかわらず)数万円のお金と数ヶ月の時間をかけて性同一性障害の診断書を取得し、多大な労力を費やして通称名(これから戸籍名にしたい名前)の使用実績を数ヶ月間積み、昨年9月に家庭裁判所で戸籍名変更の申請をしましたが、本来改名と関係のない「ホルモン治療をやっている証拠」を散々求められ、私が個人輸入で買って塗っていたジェル状のテストステロン剤の空袋まで提出した挙句、「公的な場での通称名の使用期間が一年未満なので不可」と言われました。知り合いのトランスジェンダー男性は数ヶ月の使用期間で認められていたにもかかわらずです。

必死に通称名使用実績を積もうとしている間、「性別違和があるから通称名を使いたい」と言っても戸籍名使用を強制される、という経験を繰り返すうちに、ただでさえ嫌だった戸籍名に、見ただけで動悸がするほどの苦痛を感じるようになっていきました。

現在は2度目の戸籍名変更申請中(追記:3/8にようやく変更許可が降りました!)ですが、今はもう戸籍名宛の郵便物を見るのも辛く、家裁から届いた封筒をなかなか開けられずにいたら、中身を送り返す期限が過ぎてしまいました。

もう我慢の限界です。

ほとんどのシスジェンダーの人が生まれた時から予め与えられている、自分にしっくりくる性別の本名を、誤った性別の名前をつけられてしまった私たちも使わせてほしいだけなのに、なぜ私たち自身がさらに苦労しなければならないのでしょうか? こんなに主体性を否定され、プライバシーを侵害され、苦痛を強いられ、不透明で時間もお金も労力もかかるプロセスに振り回されなければならないのでしょうか?

公的な場でのトランスジェンダーの人の通称名使用がもっと認められていたり、戸籍名変更のプロセスがもっと迅速で合理的だったらしなくて済んだ、本当に無駄な苦労です。

これから自分らしい性別を生き始めるトランスジェンダーの人たちに、同じ苦労をさせたくありません。

 

まず、全国の家庭裁判所は、出生時につけられた戸籍名に性別違和を感じて変更を申し立てている人を、出生時(変更前)の戸籍名で呼ぶのを今すぐやめてください。法的にどうしても必要な場合のみを除き、出生時の戸籍名を本人宛の郵便物や書類などに書かない・書かせないでください。出生時の名前に苦痛を覚えるから変更を申請している人に出生時の名前を強要するのは、苦痛の上塗りでしかありません。

また、名の変更の条件として、一年間の通称名の使用実績や、診断書や医学的移行・婚姻歴についての情報開示を強要しないでください。本来、本人の意思や自己申告を尊重すれば済む問題なのに、当事者に無意味な苦痛や金銭的負担を強い、プライバシーを侵害しています。

変更の条件は裁判官の裁量に委ねられており、担当者によってはこれらが要求されないケースも既にある以上、法改正を待たずして、今から実行することができるはずです。

家裁だけでなく、この文章を読んでいる皆さんにもお願いです。トランスジェンダーの人の名前をもっと尊重してください! 戸籍名変更がまだ認められていない人も、戸籍名変更まではできない人も、望まない名前をなるべく使わなくて済むよう、トランスジェンダーの人の通称名使用を法的に可能な最大限まで認めてください。通称名での本人確認を利用しやすくしてください。通称名使用を希望している人に、「本名」だからといって無闇に戸籍名を書かせたり、戸籍名宛に郵便物を送りつけたりしないでください。

出生時とは違う名前を使おうとしているトランスジェンダーの人を出生時の名前で呼ぶことは「デッドネーミング」という人権侵害であり、本人の命をも脅かしかねない行為です。ジェンダー・アイデンティティを日常的に否定されている人にとって、名前は「たかが名前」ではないのです。人権や命を守るため、デッドネーミングを今すぐやめてください。「性別違和を感じさせない名前で呼ばれる」という、シスジェンダーの人にとって当たり前なことを、トランスジェンダーの人にとっても当たり前にしていきましょう。

 

以下、私たちの要求と、その背景を詳しく説明します。

(とても長いです。すみません! 当事者の方は既にご存知な内容がほとんどかと思いますので、読み飛ばしていただいても構いません。家庭裁判所の方、行政や企業で利用者の本人確認の必要なサービスを担当している方には、ぜひ熟読していただきたいです。)

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I. 名前と性別

人の名前にはしばしば、その人の性別についての情報が含まれています。

多くの人は、生まれた時に性器の形などから割り当てられた性別に基づいて、その性別に「合う」とされる名前を親に与えられます。「女」と判定された子には「女の子の名前」、「男」と判定された子には「男の子の名前」、といった具合に。そして社会生活を営む上で私たちはしばしば、他人の名前から無意識のうちにその人の性別を推測しています。例えば、

「この人は名前に『子』がついているから多分女性だろう」
「この人は名前が中性的だから性別が分からない」
「この人は『静香』という名前だから女性かと思ったら男性だった」など。

そして、多くの人は、「女性には『ちゃん』や『さん』を、男性には『くん』をつける」などといった形で、推測した性別によって相手への振る舞いを変えています。

 

違和感のない名前は、それぞれの人が自分にとってしっくりくる性別として生きる上で、しばしば欠かせない要素です。

ほとんどのシスジェンダーの人(出生時に割り当てられた性別のままで生きている人)はこの違和感のなさを当たり前に享受していて、気に留めることもないかもしれません。しかし、トランスジェンダーの人(出生時に割り当てられたものとは異なる性別で生きている人)の中には、性別違和(※注)を感じさせる名前をつけられてしまった人がたくさんいます。


シスジェンダーの人でも「異性と紛らわしい」名前の人はいます。それが原因で苦痛や不便を感じる人もいるでしょう。ですが、シスジェンダーであればほとんどの場合、性別自体は疑われません。

例えば「静香」という名前のシスジェンダー男性は、「女性のような名前だが本当は男性だ」と思われるでしょう。

ところが、同じ名前のトランスジェンダー男性の場合、自分では「女性のような名前だが本当は男性だ」と思っていても、周囲からはなかなかそう思ってもらえません。「女性の名前だから、やはり『本当』は女性なのだ」などと、性別そのものまで否定されてしまうことが多いのです。(なお、相手をこのように誤った性別として扱うことは「ミスジェンダリング」と呼ばれ、相手の尊厳を傷つけ、著しい苦痛を与えかねない行為です。)

「異性と紛らわしい」名前であることは、トランスジェンダーの人にとって、シスジェンダーの人以上に、性別という、人格の根幹に関わるアイデンティティの否定につながりやすいのです。

 

トランスジェンダーの人が社会生活を送る上で、そのような名前を使い続けることには、しばしば多くの困難や苦痛が伴います。

例えば、いわゆる「中性的」な声や外見の人は、出生時の名前を知られることで「中性的な外見だが、やはり[出生時に割り当てられた性別]なのだ」などとミスジェンダリングされてしまうことがあります。発起人自身、日常的にこれを経験していますが、男性としてのアイデンティティを自覚するようになった今では、「女性」として扱われることは、自分の人格を根幹から否定される、耐えがたい苦痛です。

一方、自分の望む性別として「典型的」な外見や声で過ごしている人は、病院などで「見た目の性別と合わない」名前で呼ばれて周囲に困惑・警戒されたり、「名前と声の性別が合わない」ため電話口で本人かどうか疑われたりします。

さらに、出生時の名前を知られることで、トランスジェンダーであることをアウティングされる(強制的に開示させられる)ケースも少なくありません。アウティングによって、学校や職場でハラスメントを受けたり、就職・転職活動で不当な扱いを受けるなどのトランスジェンダー差別に遭い、毎日の生活すら困難になることもあります。

 

安全で尊厳ある暮らしを送るために、そして、自分にしっくりくる性別表現の一環として、法的な名前とは異なる通称名を使ったり、法的な名前を変更する当事者もいます。

 

※注:性別違和は性別不合とも呼ばれ、以前は「性同一性障害」と呼ばれていました。性別違和のある人の多くは、違和感を軽減するため、トランスジェンダーとして生活しています。また、トランスジェンダーの人の多くは、性別違和を感じたから出生時とは違う性別で生活しています。しかし性別違和は医学的な概念であるのに対し、トランスジェンダーは社会的なアイデンティティです。性別違和を感じるがトランスジェンダーを名乗らない人も、その逆の人もいます。

 

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II. デッドネーミングという人権侵害

名前を変更した、もしくは変更しようとしているトランスジェンダーの人を、本人の同意なく出生時の名前で呼ぶことは「デッドネーミング」といわれ、人権侵害として国内外で問題視されています。なぜなら、それは多くの当事者にとって、

「性別違和を感じさせない名前で呼ばれたい」
「出生時に割り当てられた性別だと思われたくない」

という本人の意思を踏み躙り、著しい精神的苦痛を与えうる行為だからです。


名前は個人のアイデンティティを構成する大切な要素であり、相手を本人の望まない名前で呼び続けることは、その人の主体性を否定し、自尊心を奪います。出生時の名前を望まないトランスジェンダーの人は多くの場合、呼んでほしくない名前を「『本名』だから」と家族や同僚、行政担当者や医療従事者などに何度も呼ばれて、心を削られ続けるという経験をしています。例えるなら、

子供の頃にいじめっ子につけられたあだ名を、
嫌だと言っているにもかかわらず周囲の人に使われ続ける

ようなものです。単なるあだ名ならまだしも、「それがお前の『本名』だ」と言われ続けるのです。「嫌だが仕方ない」と割り切って暮らしている当事者も、自分でも気付かないうちに深く傷ついていることがあります。発起人自身、そうでした。


また、普段は自分の望む名前を使って、自分の望む性別として生きている人も、出生時の名前を使われることで、トランスジェンダーとしてアウティングされてしまい、様々な差別に遭う危険性があります。

名前を変えたいと思っているトランスジェンダーの人にとって、出生時の名前は、性別違和を感じさせる上、しばしばこのような辛い記憶や恐怖と強く結びついています。だからこそ、目にするだけでも苦しくなるほど強烈な嫌悪感を引き起こす場合があるのです。


しかも、トランスジェンダーの人の中には、職場などで差別に遭って不安定な生活を強いられたり、性別違和を軽減するための医療費に家計を圧迫されていたり、名前だけでなくジェンダー・アイデンティティ全てを否定され続けたりすることで、精神的に追い詰められている人も少なくありません。

そのような当事者にとって、デッドネーミングはまさに追い討ちをかける行為であり、文字通り生死にかかわる問題です。

デッドネーミングを防止し、本人の希望する名前の使用を徹底することは、トランスジェンダーの人の命を守るための重要な一歩なのです。

 

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III. 戸籍名変更の手続

日本では、ほとんどの公的な書類や身分証には戸籍名と一致した名前が記載されます。このため、戸籍名の変更は、デッドネーミングに遭うリスクを減らし、自分の望む性別として快適に暮らすために多くのトランスジェンダーの人が必要とする手続です。

現在、性別違和のある人は、家庭裁判所に名の変更を申し立てて認められれば、戸籍名を変えることが可能です。戸籍名を変えないことで被る苦痛や不利益を説明するなどして裁判官を納得させることができ、なおかつ

  • 性別違和の診断書治療・医学的移行(ホルモン療法、性別適合手術など)の計画などを提出したり、
  • 新しい戸籍名に、通称名としての一年以上の広範な使用実績がある

ことが、改名が認められる条件となる場合が多いようです。

結婚していたことのある人は、婚姻歴について説明を求められることもあります。

もっとも、これらの条件は明文化されておらず、裁判官の裁量に委ねられています。担当する裁判官によっては、医学的な情報開示を全く求められなかったり、数ヶ月程度の通称名使用で変更許可が下りる場合もあります。逆に、数年間の使用実績を求められたケースも存在するようです。

 

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IV. 家庭裁判所によるデッドネーミング

戸籍名変更のプロセスでまず問題なのは、変更の申し立てをしてから、裁判を経て許可されるまで、家庭裁判所からの連絡が全て従来の戸籍名宛に行われることです。

もちろん、変更手続のプロセスの中には従来の戸籍名がどうしても法的に必要な場面もあるでしょう。手続がもっと簡素化されていて、従来の戸籍名を一度記入すればあとは目にしなくて済むなら、申立人への負担は少ないでしょう。

しかし、担当者による違いはあるものの、一般的には申請から許可・不許可・取り下げまで、数ヶ月に及ぶ家裁とのやり取りが必要です。電話や郵送での回答が要求されることもあります。発起人は先日、従来の戸籍名を目にするのが苦痛すぎて家裁から届いた封筒をなかなか開封できず、二週間後の回答期限を逃してしまいました。

また、発起人の一度目の申請のように、散々資料提出を求められた挙句「使用実績が足りない」と言われて変更が認められず、改めて使用実績を積んで最初から申請し直さなければならないケースもあります。最悪、年単位の時間が必要な場合もあります。

その間ずっと、郵便物の宛先も、質問票などの書類に書かれている名前も、電話や対面でフルネームが呼ばれる時も、全て従来の戸籍名が使われるのです。

 

性別違和を理由とする申立人は、申し立てを始める時点で必ず、従来の戸籍名に性別違和を覚えていること、通称名を使いたい(通称名を戸籍名にしたい)ことを既に家裁に伝えています。

事情により手続中は従来の戸籍名で呼ばれることを望む申立人も中にはいるでしょう。しかし、多くの申立人は従来の戸籍名を使いたくないからこそ申請しているのですし、そもそも選択肢が与えられていないので、同意のしようがありません。

にもかかわらず申立人を戸籍名で呼び続ける家裁は、すなわちデッドネーミングをしているのです。著しい精神的苦痛を与えかねない行為であり、まごうことなき人権侵害です。

全国の家裁はこの慣行を今すぐにやめるべきです。

 

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V. 名前を変更するための過剰な要求

2017年に採択された、性的指向および性自認に関する人権についてのジョグジャカルタ原則(YP+10)の第31原則は、国家は

本人の自己決定に基づく、中性的な名前への変更も含めた、名前を変更するための迅速、透明、かつ利用しやすいメカニズムへのアクセスを確保するべきである」

と勧告しています。

 

これに照らし合わせてみると、まず、性別違和のある人への戸籍名変更許可の条件は明文化されておらず裁判官によってバラバラで、「透明性」の原則に反します。

 
 (余談ですが、あまりにも不透明なので、当事者同士が「数年間、通称名宛に年賀状を送ってもらうといいらしい」「職場や学校で使っていれば数ヶ月でもいいらしい」「通称名を芸能人の芸名のような扱いにして銀行口座を作る裏ワザがある、それをやると給与の振込先が通称名名義になるので職場で通称名を使いやすい」「実は健康保険証には通称名を併記できる、それを本人確認に使えることがあるので広範な使用実績が積みやすい」などといった「テクニック」をSNS上やブログ上などの口コミで共有しているのが現状です。しかし、そのような「テクニック」を駆使しても裁判官によっては却下されることがあります。発起人は通称名(もともとニックネームとして身内で長年使っていた名前でした)で銀行口座を作って広範な使用実績を数ヶ月間積み、職場でも面倒な手続を経て通称名を使っていましたが、「公的な場での使用期間が一年未満なので不可」と申し立てを取り下げさせられました。なお、これらの「テクニック」が功を奏した場合も、不透明なプロセスに当事者が多大な時間と労力を浪費させられていることは何ら変わりません。また、当事者の知り合いが少ないなど、これらの情報にアクセスしづらい人にとって不公平でもあります。)

 

また、実質的に多くの当事者に対して要求されている「一年以上の広範な通称名使用実績」や「診断書や治療計画の提出」という条件は、「本人の自己決定に基づく」という原則にも、「迅速性」「利用しやすさ」の原則にも、明らかに反しています。

そしてどちらも合理的な必要性に乏しく、ただでさえトランスジェンダー差別に苦しめられている当事者に追い討ちをかけるかのように、不当な負担を強いています。

 


通称名の使用実績を積ませられる一年間は、人によっては非常に苦しい期間となる場合があります。

既に出生時の戸籍名を使いたくないことを自覚して、「通称名を使わせてください」と言っているにもかかわらず、「身分証記載の名前しか使えない」などとして戸籍名を使わせられる、という、アイデンティティや主体性を否定される経験を何度も繰り返します。

通称名を使おうとしているのに、強制的に出生時の戸籍名で呼ばれている状態です。

つまり、実質的に一年間デッドネーミングに晒されることを、家庭裁判所は申立人に強要しているのです。

 

運よく理解ある職場に恵まれた人などは、通称名を速やかに尊重され、変更前の戸籍名をそこまで意識しなくて済む場合もあります。

しかし、申立人のように定職に就くことができなかったり、医療や行政の支援を必要としている人などは、アルバイトに応募する度、医療機関を受診する度、支援を申請する度に、現在の戸籍名で呼ばれ、書かせられ、通称名を書けば「『本名』を書いてください」と言われて戸籍名に直させられ、例外的に配慮してもらえる場合もいちいちカミングアウトさせられ、診断書の提出を要求され、心を削られ続けます。

こんな状態を一年以上申立人に強要することに、いかなる合理的必要性があるとも思えません。

 

そもそも、通称名の使用実績が求められるのは、改名後に周囲で混乱が起きて本人が不利益を被る場合があり、それを防ぐためだと聞いたことがあります。ならば、使用期間よりも周囲の人が通称名を認知していることのほうが重要なのではないでしょうか? 同僚や友人、場合によってはパートナーや家族などとのやり取りの記録や、関係者当人たちからの一筆など、申立人の状況に応じて周囲の人が通称名を認知している証拠を提出すれば十分なはずです。

 

また、婚姻歴や医学的性別移行の有無など、改名と無関係な個人情報を開示させられるのは、プライバシーの侵害です。

 

発起人の知り合いのノンバイナリー・トランスジェンダーの人は、婚姻歴があったため、戸籍名を変更する際にそのことについて説明を求められたそうです。(発起人も婚姻歴がありますが、性別違和について無理解な担当者に当たってしまうことを恐れ、自分が結婚後に性別違和に気付いた経緯を先回りして説明してしまいました。)

性別違和を感じる人の中には様々な性的指向の人がおり、そもそも性的指向と婚姻も直接は関係ありません。様々な理由で、性的な魅力を感じない相手と婚姻する人もいます。したがって、婚姻歴は性別違和とは関係ありません。婚姻歴について質問しても、性別違和を理由として名前を変えたい、という申立人の事情についての理解は深まりません。申立とは無関係な個人情報です。

 

発起人は一度目の変更申請で、医学的な性別移行状況や計画についての説明を、電話や文書で何度も求められました。「今後の治療計画は?」「処方箋がなかったら、あなたが買ったホルモン剤を本当にあなた自身が使っているかどうやって分かるのか?」などと根掘り葉掘り聞かれて、非常に嫌な思いをしました。名前を変えるためになぜそんな無関係なことを聞かれなければならなかったのか、今でも理解できません。

発起人は医学的な性別移行を望んでいます。昨年の夏、改名の申請をする前にホルモン投与を始めました。当初は安心できるクリニックが見つからなかったので、自分でジェル状のテストステロン剤を個人輸入して、自分で血液検査を受けながら使っていました。トランスジェンダーの人へのホルモン療法はどのみち保険適用外ですし、性的な効果も含むホルモン投与を、みだりに他人に管理されたくなかったのです。信頼関係を構築できない医師に、ホルモン剤による性欲や性器への影響について十分に相談できるでしょうか? また、今は「身体違和の軽減のために必要な医療」と認識するようになりましたが、当初は身体違和を自覚していなかったため、「『男性的』な身体になりたい」という審美的な動機でホルモン投与をしており、医療機関で「治療」として行うことには抵抗がありました。しかし、そのような事情を説明しても、当時の書記官は「処方箋を見せろ」の一点張りでした。理不尽とは思いながらも、とにかく改名を許可してほしい一心で、使用済のホルモン剤の空袋を数週間分提出しましたが、途中で担当者が代わり、「通称名使用期間が足りないので不可」と言われました。

言うまでもないことですが、ホルモン療法や手術などの医学的な介入を必要としているかどうかは、性別違和を覚えない名前で呼ばれるという社会的な対応を必要としているかどうかとは、本来関係ありません。改名を希望しているが医学的介入を必要としない当事者も、その逆の人もいます。

また、医学的介入を希望している場合も、それをどのように進めるかは当事者が自分で決めることです。生殖機能への影響もある医学的介入についての個人の選択を、戸籍名変更と紐づけして国家が管理しようとすることは、リプロダクティブ・ライツの侵害です。したがってこれもまた、申立とは無関係な個人情報です。

 

性別違和の診断書が求められること自体も問題です。

性別違和の診断書取得には、大きなコストがかかります。最短でも数ヶ月の通院と、数万円単位のお金が必要な場合がほとんどです。

また、プライバシーに立ち入った質問をされたり、生殖器の形状を詳しく調べられたりするなど、侵襲的な検査も多いです。中には人権意識の希薄な医師もおり、心無い扱いに傷つく当事者もいます。

そもそも性別違和の診断自体、当事者が感じている違和感の自己申告に基づくものですから、専門医のお墨付き以上の意味はありません。除外診断を行うなどして、医療介入を適切に提供するためのものです。診断書は専ら、無理解な職場や行政などに社会的な配慮を求める際に、要求に専門家の権威を与え、相手に受け入れられやすくするために発行されているのが現状です。

全てのトランスジェンダー当事者が医療の介入を受けることができたり、それを望んでいる訳ではありません。医療行為を受けるための診断は必要ないにもかかわらず、性別違和を軽減するための社会的対応(改名や職場での配慮など)を認めてもらう条件になっているため、やむを得ず診断書を取得する人も珍しくありません。発起人自身、当初は手術を希望しておらず、ホルモン療法はリスクを承知の上で自力で行うことを希望していたので、必要な医療介入を受ける目的では診断書を必要としていませんでしたが、戸籍名変更のために必要と言われて取得しました。

このように、診断書の提出を要求することは、性別違和、という自己申告でしか診断しえない症状を「証明」させるために申立人自身に多大な負担を強要しています。特に、医療介入を望まない申立人にとっては、本人が必要としてさえいないものを取得させる、という全く無意味で不当な要求です。

 

 

「これくらいの試練で音を上げる程度の苦痛なら、名前を変える必要なんてないのではないか?」などと言いがかりをつける人もいます。

しかし、当事者が苦痛や名前を変更する必要性を証明するためにさらなる苦痛を強いられるとは、あまりにも理不尽な話です。例えるなら、足を踏まれて「痛いからどけてほしい」と言っている人に向かって、

「本当に足が痛いなら、どけてもらうために一年間手を踏まれてもいいだろう!」

と言っているようなものです。本来、「どけてほしい」という本人の意思や「痛い」という自己申告を尊重すれば済む問題なのに、全く本末転倒です。

 

当事者は普段からトランスジェンダーとして、シスジェンダーの人には要求されない様々な理不尽な苦労を強いられることに慣れていることが多く、「名前を変えさせてくれるだけでもありがたい、そのためなら『これくらい』の苦労は仕方ない」と考えがちです。

発起人自身、今まで自分にそう言い聞かせて我慢してきました。

しかし、そもそも自分の望む性別として過ごしやすい本名を持つことは、ほとんどのシスジェンダーの人が予め当然のこととして享受しています。トランスジェンダーの人もそれを要求することは決して「わがまま」などではなく、「当然」です。本人が希望した時点で速やかに認められるべきです。

生まれた時に誤った性別を割り当てられたせいで一方的に不利益を被っている側が、不利益を取り除くためにさらに苦労させられる構図自体が、本来はおかしいのです。

 

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以上を踏まえて、私たちは、日本全国の家庭裁判所に、次の三点を要求します:

  1. 性別違和を理由に名の変更許可を申し立てている人へのデッドネーミングをやめてください!
     出生時の名前に苦痛を覚えているから変更を申請している人に、出生時の名前を強要するのは、苦痛の上塗りでしかありません。本人の同意なく出生時の戸籍名を郵便物などに書かないでください。本人とのあらゆるやりとりにおいて、法的に可能な限り、原則として通称名を使ってください。手続上どうしても現戸籍名の記入が法的に必要な場合を除いて、提出書類などへの通称名の記入を認めてください。
     ただし、差別的な考え方をもつ同居人などにカミングアウトしておらず、通称名を知られたくない当事者もいるでしょう。希望する人には従来通り郵便物などに出生時の戸籍名を記載する選択肢も用意してください。(申し立て用紙に「□変更前の戸籍名への連絡を希望する」などのチェックボックスをつけておくとよいでしょう。)
  2. 性別違和を理由とした戸籍名変更に、通称名使用実績を過剰に求めないでください!
     一年以上の使用実績を求めることに合理性があるとは考えられません。特に、日本社会においてトランスジェンダーの人の通称名使用が広く認められていない現状では、通称名使用を望んでいながら戸籍名を強要され続ける、という全く無意味な苦痛を長期に渡って申立人に強いる慣行です。
     改名後に周囲で混乱が起きて本人が不利益を被るのを防ぐことが目的であれば、使用期間に関係なく、職場や友人、家族などからの一筆や通信記録など、周囲が通称名を認知しているという証拠を本人の状況に応じて提出させれば十分です。
  3. 担当者への人権教育を徹底し、性別違和の診断書や医学的移行・婚姻歴についての情報開示の強要をやめてください!
     人権尊重の観点からは、名の変更は本来、本人の自己決定に基づくべきです。
     特に、医学的な介入の有無は、名前を変えたいかどうかとは本来関係ありません。医療は必要としないが名前は変えたいという当事者もいます。診断のみでさえ、取得には多大な金銭的・時間的・精神的コストがかかるものであり、不文律とはいえ実質的な改名条件として要求されることで、医療を必要としていない当事者は不当な負担を強いられています。
     自ら望んで診断や医療介入を求める人にとっても、それらは極めて個人的な選択です。婚姻歴も性別違和とは関係ありません。名の変更とは本来関係ないこれらの個人情報を開示させることはプライバシーの侵害です。

 

現行の変更条件は裁判官の裁量に委ねられており、担当者によっては「一年以上の使用実績」や「医学的移行についての情報開示」が要求されないケースも既に存在している以上、それらの条件の廃止は、法改正を待たずして今から実行できるはずです。

例えば全国共通のガイドラインのような形で、性別違和を理由とした名の変更への対応において、

  • 手続中に申立人をデッドネーミングしない
  • 使用実績の確認がどうしても必要な場合は、期間の下限を設けず、通称名を周囲が認識していることを示す証拠を本人の状況に応じて提出させる
  • 性別違和の診断書や治療計画の提出を求めない
  • 医学的移行や婚姻歴など、名の変更と無関係な個人情報の開示を求めない

という原則を共有することで、これから申請する全国の当事者の負担を速やかに軽減し、ある程度の透明性も確保できるでしょう。

 

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また、この署名キャンペーンを見ている全ての方に、併せてお願いします。

トランスジェンダーの人の名前を尊重してください!
通称名をなるべく使いやすくしてください。

戸籍名の使用をなるべく強要しないでください。

自分の戸籍名に違和感を覚えたことのない人にはピンとこないかもしれませんが、戸籍名は身分証や行政手続はもちろん、各種キャッシュレス決済の申込やカードや請求書、設定画面など、いたるところに出没するので、性別違和を自覚して戸籍名を避けるようになると本当に日常生活が困難になります。

発起人自身は、もともと出生時の戸籍名に違和感は覚えていたものの、「よほどの事情がなければ改名できないから仕方ない」と諦めて使っていました(気持ちに蓋をするのが当たり前だったので、自分の違和感は「よほどの事情」とは思っていなかったのです)。しかし、性別移行を決意して通称名を使い始め、「通称名を使ってほしい」と伝えても無視され戸籍名で呼ばれる、というデッドネーミングを繰り返されるうちに、現在の戸籍名を目にするだけでも動悸を感じるようになってしまいました。

発起人は発達障害があり、行政の支援を必要としていますが、自治体から現在の戸籍名宛に届く郵便物を開けるのも苦痛で、必要な支援制度の申請さえ困難な状況です。

また、性別移行前に契約したSIM回線の設定画面や毎月の請求書に、本人確認の際に使った戸籍名がいちいち表示される苦痛に耐えきれず、通称名使用が許されなかったため解約してしまいました。

私の銀行では通称名で通帳は発行できても、ネットバンキングサービスは使えません。クレジットカードも作れず、現金や現金チャージ式の電子マネーのみで生活しています。Amazonも、いちいちコンビニでギフトカードを現金購入して利用しています。戸籍名変更の手続に必要な書類を速達で出そうとした時さえ、郵便局の窓口が混んでいたのに、セルフ端末がクレジットカードのみ利用可能で使えませんでした。

なお、発起人を含め、性別違和のある人の多くは、性別違和を軽減するために医療の支援を必要としています。実は、医療機関では通称名を使ってはならないという法的な決まりはなく、頼めば通称名を使ってくれるところもあるのですが、担当者がそれを知らず、戸籍名を使われてしまうこともあります(発起人自身の経験です)。信じがたいことに、診察券に通称名を書いてくれないジェンダークリニック(性別違和の専門医院)もあるのです(発起人自身の経験です)。

今は戸籍名変更が一日も早く認められることをひたすら願っていますが、質問票の回答期限を過ぎてしまったのと、まだ通称名使用実績が一年未満なので、許可されないのではないかと不安でいっぱいです。

これほどの不利益や不便があっても今の戸籍名を使う苦痛よりはマシに思えます。しかし、通称名使用がもっと認められていたら、嫌な戸籍名を使わなくて済むためにこんなに苦労をしなくてもよいはずなのです。

 

そこで、特に行政や企業の担当者の方には、具体的に以下のお願いがあります:

  • 全国の行政担当者は、性別違和を理由に通称名使用を希望する人に対して、身分証や公的な書類への通称名記載を可能な限り認めてください。本人が望まない形で戸籍名を目にしたり書かせられたりしないよう、最大限配慮してください。
     
    理想を言えば、運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなどの最も公的な写真付身分証に通称名の記載が認められれば、日常生活で通称名を使える場面は一気に広がります。しかし、地方自治体レベルで発行する証明書でも、今後本人確認書類としての使用が広がるなら、通称名記載ができた方が良いでしょう。
     また、役所からの郵便物を通称名宛に送ったり、書類への通称名の記入を法的に可能な限り認めてもらえれば、望まない戸籍名を目にする機会はグッと減らすことができます。健康保険証に通称名と戸籍名を併記する場合も、通称名ではなく戸籍名をカッコに入れる(性別違和のある人にとって、多くの場合、「本名」はあくまでも通称名の方なのです)・戸籍名は裏面に記載する、などの配慮をお願いします。
     トランスジェンダーの人の中には、障害者や低所得者も少なくありません。目にするのも嫌な戸籍名を強要されることで、必要な支援制度へのアクセスが困難になる場合があります。行政手続での通称名使用が認められていれば、戸籍名変更を待たずして、このような精神的障壁を取り除くことができます。

  • 企業の人事部担当者は、トランスジェンダーの従業員や業務委託契約者に対して、本人の戸籍名変更を待たずに通称名使用を認めてください
     トランスジェンダーの人は、シスジェンダーの人と比べて、就職や就労で差別され、困難を抱える割合が高いといわれています。通称名を尊重することで、本人の精神的負担を軽減し、自分らしく働く手助けをすることができます。
     通称名が使えることについては社内周知を徹底し、誰にとっても利用しやすくしてください。
     また、その場の力関係などによって「名前を尊重してほしい」と本人が相手に直接言い出しにくい場合もあります。通称名使用開始にあたっては、同僚や得意先などへの周知を、本人の同意を得て第三者が肩代わりする、デッドネーミングが繰り返された場合にハラスメント相談を受けやすくするなど、本人の負担を少しでも軽くするようサポート体制を整備してください。(本人の同意のない通称名周知はかえってアウティングにつながりかねないのでやめてください。)
     
  • クレジットカードやSIMカードなど、本人確認が必要な各種サービスの提供者は、通称名記載可能な本人確認書類(健康保険証や銀行通帳、郵便物など)の使用を、法的に可能な最大限認めてください。
     現時点では運転免許証、マイナンバーカード、パスポート、住民票には戸籍名と一致する名前しか記載することができません。これらの書類以外での本人確認が認められていないことは、通称名使用を希望する人にとって、自らをデッドネーミングに晒すことにつながり、サービスを利用する上で大きな障壁になりえます。
     いずれは行政が通称名を記載できる身分証を増やしていくべきですが、通称名による本人確認に対応できるサービス提供者は率先して対応してください。
     通称名記載可能な本人確認書類は、他の本人確認書類と同等に利用しやすくしてください。カスタマーサービスへの問い合わせが必要であったり、追加の手続を要求されるなど、それを希望する人だけに余計な負担がかかるのは望ましくありません。
     どうしても現行法上やむを得ない場合は、暫定措置として、アプリの設定画面や会員証、郵送書類の宛先など、利用者自身の目に触れやすいところに表示される氏名として通称名を使用できるようにしてください。

戸籍名変更がまだ許可されていない当事者も、様々な事情から戸籍名変更まではできない当事者も、通称名を使用できる場面が増え、同意なく戸籍名を見せられる場面が減れば、名前をめぐる日常的なストレスは軽減できます。

また、戸籍名変更も望む当事者にとっては、家庭裁判所に提出する通称名使用実績の蓄積にもつながります。

 

もちろん、戸籍名の記入を求められる場面が存在し、戸籍名が「本名」であるという考え方が一般的である限り、通称名使用の普及は、戸籍名変更手続の簡素化にとって代わるものではありません。負担の大きい手続や、通称名の使用実績が過剰に求められることの多い現状を、全国の家庭裁判所は一刻も早く是正する必要があります。

しかし、実際には裁判所によって改善に時間のかかるところもあるでしょうから、その間にも当事者の苦痛を少しでも軽減できるよう、行政や企業などが速やかに通称名対応を進めることが肝要です。

 

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なお、これらの通称名対応にあたっても、手続を可能な限り簡素化し、本人への負担を最小限にするべきであることは言うまでもありません。

特に、通称名使用を認めるにあたって無闇に診断書の提出を求めないでください。本人の意思を尊重すれば済む場面で、そもそも本人は必要としてすらいないかもしれない、多大な金銭的・時間的・精神的コストのかかる診断書を要求することの理不尽さを考慮してください。

診断書を求めなくても、制度の悪用を防ぐ方法はいくらでもあります。例えば、身分証に記載する通称名を変更できる頻度に制限を設けたり、他の身分証に記載された通称名との一致を確認したりすれば、詐称の可能性は低くなるのではないでしょうか。

ただし、そもそも悪用の対策を考えるのは当事者ではなく、行政や企業の担当者の仕事です。当事者は困りごとを解消してもらうためにやむを得ずこのようなキャンペーンを始めとする無償労働を提供していますが、担当者は利用者にサービスを提供するために給料をもらっているのです。実務上発生しうる問題点や、それを防ぐ方法も熟知しているでしょう。あくまで当事者の負担軽減や利便性を最優先した上で、悪用への対策を講じてください。

残念ながらまだまだトランスジェンダー差別の根強い現在の日本社会において、トランスジェンダーとして生きることは、それだけでしばしば多くのストレスやリスクを伴います。周囲に配慮を求めるための負担をさらに当事者に押し付けることがいかに残酷か、想像力を働かせていただければ幸いです。

 

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決して「特別な要求」ではありません。

性別違和を感じさせない名前で呼ばれる、という、シスジェンダーの人が何もしなくても当たり前に尊重されていることを、トランスジェンダーの人もなるべく当たり前に尊重されるようにしよう、という話です。

現在の社会でトランスジェンダーの人がほとんど想定されていないせいで、あらかじめ人権が侵害されている状態にあるため、今はそれを是正するための取り組みが必要なだけなのです。

トランスジェンダーの人もシスジェンダーの人も同じくらい生きやすい社会を、みんなで一緒に作っていきませんか?

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発起人:

  • 山村 頼

連名発起人:

  • 奥田 圭
  • 天月 蒼
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現在の賛同数:1,273次の目標:1,500
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意思決定者(宛先)

  • 全国の家庭裁判所 家事部分室